へら鮒情報局

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筑波颪(おろし)が吹き荒ぶ。

川なりの風が、小波を立て飛んでいく中、横利根独特の長い水棹が、和舟と川とを直角に交わり固める。へら鮒釣りのメッカ、と嘔われ久しい横利根川の昔ながらの風情が、今まさに眼前にあった。

「昔とは随分変わったでしょ? 川べりは全部護岸されましたしね」

「大曲、第一カーブ、イリダイ看板前、ベロ、、、、、、何か隔世の感がありますね」

和舟に積まれた長い水棹の放列は昔ながらだなぁ、と、ついカメラを向けながら、でも川を渡る筑波颪の風は、何十年経っても変わらないんだと妙なところで納得するのだった。

中島屋から舟を出し、水道管下手に水棹を差した。朝日にキラキラ輝くひとりの釣り人を、無理やり逆光で撮ってみる。

その釣り人とは、菅澤博雄である。横利根をこよなく愛し、愛してやまないばかりの軌跡を、戦績を残してきた。

日研秋季大会個人戦、過去6度優勝
農林水産大臣杯、41kgの釣果で優勝

すべて、こよなく愛する横利根川で打ち立てた戦績だ。

「手前味噌になりますが、この水道管下の少し上手は菅澤ポイントと呼ばれることもあるのですよ」

万力を締めながら、やや恥じらった笑顔で話してくれる。そこは、今日は先人が入っていたので、下手に舟着けしたのだった。菅澤ポイントは建物の影響だろうか、確かに北西の風が受けにくく、その辺りだけ川の波立ちも少ないように思えた。

本日の仕掛け・エサ_______________
竿    16尺
道糸   スーパーステージ 1号
ハリス  スーパーステージ 0.4号 10 / 45cm
ハリ   上グラン鈎 7号、下グラン鈎 3号
ウキ   水幸 ボディ8cm パイプトップ

以上の仕掛けで、タナを一本にとり、「バラケ&グルテン」の釣りをする。
バラケエサは、
*単品爆釣A … 240cc
*ペレ宙 … 120cc
*ミッド … 240cc
*水 … 240cc
*しばらく置いてから、ミッドで硬さ調整

グルテンは、
*やわグル … 70cc
*水 … 60cc
という、単品使い。

さて、まず仕掛・エサのひとつずつに質問をぶつけてみる。

「道糸のスーパーステージですが、やや硬い感は否めません。しかし、硬いということは水切りがよく伸びも少ないということなので私は好んで使っています」

事実ヘラの道糸ほど、厄介なものはない。素材としては、ナイロンに勝るものは現時点ではない、と断言できるのだが、ナイロンは伸びて当たり前、でもヘラ釣りでは伸びることは厳禁というのだから、硬くするしか手立てはない。ところが硬くしすぎると、一瞬の力加減でポンと飛んでしまう。沈む糸にすると今度はウキに負担がかかる。見やすい明るい色にすると、「安っぽさ」が出る。要するに、素材の持っている性質と真逆の効果を求めるのがヘラの道糸なのだから、厄介だと言わざるを得ないのだ。

「だから折衷案のギリギリのところで、スーパーステージは踏ん張っていると思いますよ」

菅澤は、無闇やたら宣伝文句を並べるのではなく、道糸の相反する機能性を熟慮したうえで、このラインにたどり着いたというのだった。

「ハリはグランで文句ないでしょ。フォルム、ハリ先の鋭さ、伸びのなさ、どれをとっても一級品だと胸を張れます」

グラン鈎に異論はなかった。さて、注目のエサの解説に進める。

「バラケエサが、あまりバラケっぽくないでよね、このままダンゴとして使えそうな配合ですが」

「横利根川では、大バラケを打つとハクレンの餌食ですから禁物なのです。それと、どうしても風による流れでエサが拡散しますから、ポイントにボソッと置いてくるようなエサがいいように思います。だから、単品爆釣Aのまとまり感、ペレ宙の比重、最後にミッドのボソ感を加味することで、ダンゴタッチの中にボソを含ませるように配合しています」

非常に分かりやすい説明に、ひとつまみそのエサをもらった。丸めたエサは、まさしくダンゴで使えそうなタッチだ。

しかし、エサを割ってみると、ボソが残っていて生きているのが分かる。

「ミッドでしょうね、このタッチが出せるのは」

菅澤が眼鏡の奥で、目尻の皺の分だけ笑っている。続いて、グルテンへの疑問。

「水の分量が、随分少ないですが?」

「やわグルだと普通は、グルテン1に対して水1.2が標準だと思いますが、私はグルテン1に対して水0.9と硬めに作ります。これを小さくハリ付けすると、水中での膨らみがよくなりヌケもよくなるからです」

実際に使用するときの大きさがこれだ。

小豆大。未知の硬さ。そして、両ダンゴでも使えそうなバラケ。横利根川を征した菅澤博雄の「バラケ&グルテン」が、間もなく観られるという期待感に胸がワクワクするのだった。

歩いて、対岸に渡ることにした。横利根閘門(こうもん)(大正時代に完成、重要文化財)を超え、田んぼの畦道を抜けて菅澤の対面に出た。真正面やや右手(南西方向)から、薄黒い雲が上ってきていた。その雲が風によって東に流れていくごとに大きく沸き上がるのがはっきり見て取れる。

「昼前にひと雨降るそうですよ」

菅澤の出かける前の言葉が、現実となりそうだった。写真を何枚か撮る。

望遠レンズを通して、アタリが出ているのがよくわかる。頻繁に合わせをくれている。ひとしきり、写真を撮った頃、ポツリときたので急いで閘門公園の屋根付きベンチに避難したが、その雨もすぐに止んだ。戻ると(徒歩で20分はかかるので)、菅澤は黄色いレインウエアーを着込んでいた。

「私ね、晴れ男なんですよ。天気予報は雨でも、いざという時は必ず晴れるんです」

「いやぁこちらもカメラを持っている以上、晴れ男大歓迎です」

今通過した低気圧も、横利根川ではほとんど影響なかったが、局地的にはひどいことになっていたそうだ。

「今、ザッときた間に40cm上が一枚きました」

(しまった、私が公園の屋根下で雨宿りをしている間だったか)

「いや大丈夫です、今日はまた釣れますよ」

しばらく、菅澤のウキに注目することにした。ウキ(水幸パイプトップ9目盛)を水面6節出し。バラケとグルテンを付けて、トップを1節残しまでなじませる。

途中にサワリが出る。ウキが上がってきて、小さくチッと入る。空振り。

「ブルーギルでしょうね。でもヘラも近くに寄ってますから」

ブルーギルとヘラが混在しているようだし、ワタカ等のジャミ系もいる。

「一旦は、ウキをしっかり入れます。ハリ持ちの良いエサをバラケに使っていますが、水の動きやジャミのサワリでハリから落ちるのは早いです。先ほども言いましたが、大きくバラケるのではなく、タナまで行ったらそこでボソッと落としたいのです。今、左から右に流れがありますから、早くバラケを落とさないと、バラケが落ちた位置は左、その時クワセはもう右に行っているということになりますからね」

「冬場になっても、大バラケは打たないのですか?」

「はい。今日のような配合で、水の量だけ多くして柔らかいバラケにします。それで水中で落ちる速度を早くしてやるのです」

話しながらも、目はウキを、左手は次のエサを探って休まない。ウキがスパッと入った。左手だけでなく、右手も休んでいない。
合わせると、ガッンと乗った。

雨にほとんど濡れなかった、黄色いレインウエアーが映える。ヘラが水面に顔を出すのをレンズで追いかける。

地ベラ化した横利根ベラが、散々右腕をくたびれさせた後、玉網に収まった。

とにかく良型だった。寸はないが、美形な野趣豊かな横利根ベラが釣れたのだった。

ヘラのもじりが半端ない。

「今日は、放流が行われていますから、もうそのヘラが騒ぎ出したのでしょうね」

今年第一回目の放流事業が、すぐ下手で行われているようだったので見に行くことにした。見覚えのある顔、放流車。大阪の山口養魚さんだった。

横利根をはじめ、関東方面の野釣り場は舟宿さんが釣り料の一部をキープし、また、日研さんの甚大なる協力があって毎年このように放流がなされ、釣場が保たれている。特に、この横利根川では、その事業が半世紀以上にも及ぶというのだから、畏敬の念以外のなにものでもない。菅澤の釣りに戻る。

釣り始めて3時間は経過していて、すでに5・6枚の釣果を得、そのすべてが尺超えだから、写真は十分撮り終えていた。後は質問で、こちらが逆に攻めていくことにする。

「まずバラケエサですが、もっと寒くなると配合は当然変わるのでしょうね」

「いえ配合品種はほとんど変えません。真冬になっても単品爆釣A、ペレ宙、ミッドの三種類がほとんどです。ただし、水の量を多くします。多くして柔らかくすることで、早くヌケルようにするのです」

「どうしても流れが出ると思いますが、そのような時も?」

「流れが出た時ほど、ウキが流される前の速いアタリを追いかけますので、早くバラケはヌケた方がいいように思うのです」

冬でも大バラケは禁物、それよりもダンゴタッチのバラケをどのタイミングで落とすか、ということに気を配った方がいいのだと言う。そして、水の量を増すことで柔らかくして、早く抜けさせるようにすると、早いアタリが出せて流れ対策にもなるのだった。

「流れに対しては、基本的にいつまでもウキが流されたままアタリを待つのではなく、早いアタリが出るにはどうすればいいかを考えます。それでも釣りづらいことには変わりありませんから、後は我慢ですかね。そして、一瞬でも流れが止まった時の集中力が大事です。その流れが止まった時に釣り込むためにも我慢が必要だと思いますよ」

この通常的な考え方は、通常的過ぎて見落とされがちだが、その基本を忠実に実行することこそが、横利根川を征した秘技だとは言えまいか。秘技とはウルトラCではなく、基本に忠実にということだ。

「クワセは、やはりグルテン一辺倒ですか?」

「はい。最近オカメも良いようですが、私は年中グルテンですね。ウドン等の固形セットはまずやりません」

横利根川での確固たる自信、そう窺わせる菅澤の言葉で取材を終えた。

帰路、菅澤の車に便乗させてもらいながら、お互い長く生きてきましたねという話題になった。数年前、菅澤は大病を患った。完治はしたが、だからこそ思う所はいっぱいあったのだと推測する。人は暖流に乗るときもあれば、寒流、大波にもみくちゃにされるときもある。高潮におぼれ、引き潮に飢えることも多々ある。それでも、厭というほど釣りだけは欠かさず続けてきた。横利根川には通い続けてきた。そう遠くない日に、今度はペンとカメラの代わりに竿を持って二人でこの横利根川に舟を並べてみたいと強く思った。


[菅澤博雄プロフィール]
1949年生まれ、千葉県在住
日研佐原支部所属。日研本部役員。
バリバス、グラン、ベーシック フィールドテスター。

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